エピソード6 考察ー11-オキザリス<7>

    ジョルジェットが固く心を決めて修道院に入ろうとしたまさにその時、
    幸いなことに レニエは間に合った。

    「ジョルジェット 何故修道院になど入ろうと思った?」
    息をきらして馬から降りながらレニエは尋ねた。

    「あなたに愛されていると思ったのは わたしの勘違いだったというのか!」
    半ば叫ぶように言った。

    ジョルジェットは涙を浮かべ頭を振る。
    「わたしは・・・わたしはあなたにふさわしくないのです。」
    「誰がわたしにふさわしいかなど わたしが決める!」
    きっぱりとレニエは言い放った。

    「何故 あなたがわたしにふさわしくないなどと?」
    「あなたには宮廷で咲き乱れる大輪のばらこそお似合いです。
     どうして道端に打ち捨てられている 
     名もない野草のようなわたしが添うことができましょう」

    「名前なら ちゃんとある!」
    レニエは道の脇に咲く一輪の花を手折った。
    それはあの花畑にも沢山咲いていた花だ。

    「植物に詳しい友人に聞いた。この花の名は”オキザリス”。 
     花言葉は”輝く心”だそうだ。」

    レニエはその花を愛おしそうに眺め
    「こんな小さな花に名を付け 言葉を託した人達がいる。
     その人達がこの花を愛していないと思うか。」
    ジョルジェットはただ黙って レニエの言葉に耳を傾けている。
    「あなたも言ったではないか。こんな花が好きだと。」

    レニエはジョルジェットの肩を抱き
    「わたしもそうだとは思わないのか?」
    そう言って笑った。
    ジョルジェットの顔にやっと笑顔が浮かんだ。

    だが、それもつかの間。ジョルジェットはまた顔をくもらせた。
    「お話ししなければなりません。」
    辛そうにジョルジェットは話し始めた。
    「わたしは あなたを信じて待ってはいなかったのです。
     優しくしてくださる手についあまえ、その方と婚約寸前でした。」
    彼女は俯いて涙をこぼし 
    「そんな不実なわたしがどうして レニエさまと一緒になれるでしょうか・・・」
    顔を両手で覆った。

    「その人はウリアス殿か?」
    ジョルジェットの肩がビクリとした。
    「わたしがここに駆け付けたのは ウリアス殿から手紙をもらったからだ」
    顔を覆ったまま 彼女は静かにレニエの言葉を聞いている。
    「その手紙にはあなたを幸せにしてほしいと書かれていた。
     丁寧な言葉で綴られたその文面からは、あなたを大切に思う気持ちが溢れていたよ。」

    「彼と何があったかは知らないが 彼はあなたの幸せを心から願っている。
     そんな人が傍にいたら 何の連絡もせずあなたを放っておくような
     わたしを見限っても仕方あるまい。」
    驚いてジョルジェットは顔を上げた。
    「そんな・・・そんなことは・・・」
    言葉に詰まるジョルジェットの手を取って
    「ジョルジェット あなたが修道院に入っても 誰一人幸せにはなれない。
     あなたの母上も わたしも そしてウリアス殿も」

    ジョルジェットの脳裏に 優しい父のような人が思い出される。
    まだ婚約前なのだから 気にしなくていいのだと
    何も問いたださず 今回の縁談をなかったことにしてくれた人。
    幸せになってほしいと 寂しく笑った人。
    確かに彼は わたしが修道女になって
    一生悔いるような人生を望んではいないだろう。

    「わたしこそ 至らぬ恋人だがこれを受けてくれるか。」
    レニエの声に はっとする。
    彼はジョルジェットの手にオキザリスをのせ
    「この花の もう一つの花言葉 それは」
    いたずらぽっく レニエが笑う。
    「それは?」
    ジョルジェットが答えをせがむように問いかける。
    「それはね。”あなたと過ごしたい”」
    ジョルジェットはもうためらうことなくレニエの胸に飛び込んだ。

    ジョルジェットの想いを確かめたレニエは次なる障害を思い出し顔を緊張させた。
    「ガ・・・ルティエ・・・いえ・・・レニエ・ド・ジャルジェさ・・・ま・・・」
    ジョルジェットが不安な声をあげる。
    「ジョルジェット すぐに支度をして!」
    けれど この障害はすぐに解消され二人は未来を約束した。

    その様子をウリアスは馬車の窓から微笑んで見ていた。
    もし、レニエが間に合わなければ自分が出ていくつもりであった。

    これで良かったのだ。思えばあの雨の日にもう結果は出ていたのだ。
    知り合いの女性が雨に打たれていたら、いつもの自分なら馬車に乗せて送り届けたろう。
    まして 好意を寄せているジョルジェットだったのだ。

    けれど 声が掛けられなかった。彼女の瞳に宿る深く切ない光に 
    想いのたけを込めたその情熱の涙に 気後れしたのだ。

    若いジョルジェットの熱い思いに応えられるのは 
    やはり熱い情熱を持つ青年なのだろう。

    すぐに分かった。
    宮廷であの若者を見て 顔色を変えた彼女。想い人は彼に違いないと。
    彼がフランス王の特使であることはすぐに知れた。

    彼女が純潔でなくとも 気になどしなかった。
    彼女が彼に遊ばれて捨てられていたとしても 
    それを慰め幸せにしてあげたいと思っていた。

    けれど 彼女は修道院に入ると言って聞かなかった。
    おそらく彼以外の男はもう愛せなどしないのだろう。
    彼女を止められるのは彼しかいない。
    レニエに書いた手紙は賭けであった。
    彼がジョルジェットを思ってくれていることを願って賭けたのだ。

    ウリアスは揺れる馬車の中で 夢を見る。

    絵の具の匂い。生き生きと筆を走らすジョルジェットの横で 
    自分は微笑んで彼女をみる。
    小鳥のさえずりのようなにぎやかな声を上げて走り回る子供達。
    ジョルジェットの母はそんな孫達に大わらわだ。
    彼女のキャンパスの中にはそんな幸せな家族が写し取られている。

    全ては夢だ。自分は老いたのだ。

    寂しいのに 何故かほっとしてもいた。
    本当は若すぎる妻をもらうことに気が重かったのかもしれない。

    自分はただ 彼女に笑っていてほしかったのだから 
    これで良かったのだとウリアスはもう一度自分に言い聞かせた。

    それから 時は瞬く間に過ぎた。
    「まあ、見てフランツ。フランスの宮廷には女性の軍人がいるのですって」
    嫁いだマリー・アントワネットからの手紙を妻マリア・テレジアは見せてくれた。
    「どれどれ」
    娘のはしゃいだ声が今にも聞こえてきそうな手紙に目を走らせる。
    「ド・ジャルジェ・・・」
    その名に覚えがある。人生でもっとも苦しい決断をした時に傍らにいた青年。

    ともに気持ちを分かち合い 涙をながしてくれた。

    「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ」
    フランツとドイツ語風に呼ばれることに慣れてしまってはいるが
    かつてはフランソワと呼ばれる方が多かった。

    “フランソワさまの犠牲・・・決して忘れはいたしませぬ”

    甦る声。フランソワなどフランス人には珍しくない名である。
    けれど もしかしたら・・・

    その名を持つ彼の娘が自分の娘を遠い異国で守ってくれている。

    これは偶然なのだろうか?

    もしかしたら・・・

    彼も託してくれたのだろうか・・・
    自分が娘に大切なものを

    ロレーヌの名を託したように・・・

    フランツは窓から空を見上げた
    広く 青い その空は遠くフランスまで続いている。

    今はフランス領になってしまったロレーヌの花畑にも。

    そこに 咲き乱れる花達は 自分がどこの国の花であろうと
    ただ そこに咲き続ける。

    可憐に咲く オキザリスの花言葉は 他にもある。

    それは”母親の優しさ”。

    FIN
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