兄上<3>

    屋敷に帰る馬車の中でオスカルは当然の質問をした。
    「アンドレ。いつのまに王太子さまと仲良くなったのだ。」
    「それがさ。別に親しくなった憶えが無いんだよね。」
    「どういうことだ。親しくも無いのに なんで宮廷への出入りが許されるんだ?」
    「こっちが聞きたいくらいさ。」
    「ふむ。まっ いずれにせよ。悪い事ではあるまい。
    これからは堂々と宮廷を歩けるぞ。アンドレ」
    「まあな。便利にはなったけど。」

    まだ腑におちていないアンドレは喜ぶ気にはなれなかった。
    王太子が悪い人だとは思っていないが 世の中にうまい話などあるわけがない。
    なにか裏があるのではと危惧した。

    翌日からアンドレに対する周りの目が変わった。
    それまでまるで路傍の石のように捨て置かれたアンドレに視線が集まった。
    王太子のお気に入りとやらをみてやろうというのだ。
    いままであまり人と親しくなろうとしてこなかった王太子が自ら友と呼んだ男だ。
    しかも一介の平民である。何の特殊技能も持っていないのだ。
    アンドレは居心地が悪かった。

    いつもより身を心なし縮めてアンドレはオスカルの後ろに付いた。
    アントワネットさまの警護をしていると 
    遠くの木陰から王太子が手招きをしてアンドレを呼んだ。
    アンドレはオスカルに声をかけてから王太子のところへ急いだ。
    王太子はベンチに座るとアンドレにも横に座る様にたした。
    とまどいながらもアンドレは従った。

    「アンドレ。すまなかったね。よかれと思ってしたことだが さわぎになっているようだね。」
    「もったいないお言葉でございます。殿下。宮廷へお招きくださりありがとうございます。
    感謝しております。人のうわさなどすぐになくなりましょう。」
    「いつも 回り道をしたりいろいろ不自由な思いしてるようだったから 許可したのだよ。」
    えっそうだったのか  とアンドレは思った。

    王太子がよく遠くからアントワネットさまをご覧になっていたのは知っていた。
    そのときまさか自分の行動まで 見ていてくださったなんて
    嬉しくもあり ちょっと怖くもあった。

    「わたしには兄が二人いた。」
    唐突に王太子はしゃべりだした。
    「二番目の兄はわたしが生まれる前に亡くなった。
    上の兄も9歳で亡くなった。わたしはその時6歳だったよ。」
    アンドレは静かに聞いた。

    「けれど兄上のことはよく憶えている。聡明で優しく朗らかで皆に愛されていた。
    わたしは兄上が大好きだ。いまでも。」
    王太子は遠い目をした。その目をアンドレにゆっくりむけた。
    アンドレはその目を逸らすことができなかった。

    「なぜだろうね。こうして見ても君と兄上はぜんぜん似てないのに。
    なにせ亡くなった時9歳だったんだから。共通点といえば髪の色くらい・・・」
    王太子は少しうつむいた。

    「やさしい黒色だった。柔らかくて艶やかで・・・君と同じだ。」
    王太子はアンドレを向いて笑った。笑っているのにアンドレには泣いているような気がした。
    その寂しげな瞳はそのまま天へと視線を移した。

    "きれいだ はかなげで 透き通るように "

    オスカルのきらきら輝く青の瞳とはぜんぜん違う。
    おなじ碧眼でも王太子のは なにか遠くを見るように沈んで悲しげだ。
    この生気の薄い 人の世の深淵を覗きこんでいるかのような目は
    人によってはどろんとした感じに見えるかもしれない。しばらく二人はだまっていた。

    沈黙は心地よかった。そよそよ吹く風が互いの想い人の香りや声を運んでくれた。
    ならんで座って同じ空を見上げて なにか話さなくてはと
    次の言葉を探す必要はないのだと自然と思われた。

    ふと執事の言葉を思い出した。苛められていたと言っていたが
    今 目の前の王太子からは兄に対する深い愛情が感じられた。
    子供の頃はとかく衝突しがちだ。そんなとき年嵩のものや強い立場のものが 
    大人の目からみると苛めているように見える事もあったのだろう。

    アンドレは少しうらやましかった。王太子にはあんな風に思い出せる兄の他にも
    仲の良い弟達や妹がいらっしゃるのだ。

    アンドレにも兄がいたが早くに亡くなり あまり憶えていない。
    唯一はっきり憶えているのは 今際の際に「苦しいよお どうして・・・」と言いながら
    死んで逝った顔だけだ。

    「王太子さま 王太子妃さま そろそろお時間でございます。」
    ノアイユ伯夫人が呼びにきた。王太子はよっこら立ち上がりながら言った。
    「アンドレ ありがとう。心地よい時が過ごせた。」
    「わたくしこそ すばらしい時間でございました。」
    それは本心だった。王太子にもそれがわかった。
    今度は本当に楽しげに王太子は微笑んだ。アンドレも自然と微笑みがでた。

    (つづく)
    スポンサーサイト

    コメントの投稿

    非公開コメント

    sidetitle最新記事sidetitle
    sidetitleプロフィールsidetitle

    青林

    Author:青林
    ”ベルサイユのばら”の二次創作サイトを作っています。ぜひ遊びに来て下さいね。

    青林サイトへ

    ただいま、コメントへのお返事は基本的にはしておりませんが、頂いたコメントは大切に読ませていただいています。ありがとうございます。

    sidetitleカレンダーsidetitle
    09 | 2017/10 | 11
    1 2 3 4 5 6 7
    8 9 10 11 12 13 14
    15 16 17 18 19 20 21
    22 23 24 25 26 27 28
    29 30 31 - - - -
    sidetitleカテゴリsidetitle
    sidetitleリンクsidetitle
    sidetitle月別アーカイブsidetitle
    sidetitle検索フォームsidetitle
    sidetitleQRコードsidetitle
    QR