袖すり合うも多生の縁<37>

    アントワネットもまた オスカルに言われた言葉に励まされ強い決心をしていた。
    そして 力強く一歩一歩踏みしめるように 王の部屋に向かった。
    いつもの通りなれた廊下は 今日はやけに輝いて見えた。

    「お入り」
    ノックをするといつもの優しい母マリア・テレジアの声がした。
    普段と変わらない一家の寛ぎの時である。
    父フランツも安楽椅子を揺らしながら 息子ヨーゼフの話を聞いている。

    「お父様 お母様 お兄様 お願いがございます。」
    いつになく 真剣な様子に 皆がアントワネットを見る。
    「ルイ王子との縁談 取り消していただきとうございます。」
    言えた ついに! 自分の勇気にアントワネットは頬が紅潮した。

    「まあ あなたがそう言うのなら お断りしましょう。ねぇフランツ」
    「そうだな。」

    えっ あまりにあっさりした両親の態度にアントワネットは唖然とした。

    「オタク気質で女っ気のない ルイ王子と 真面目で遊びを知らないあなた。
    身分も年も釣り合うし ちょうどいいんじゃないかしらという程度で
    進んでいた話ですから。」
    「そうだな。アントワネットもルイ王子も世継ぎではないから 
    一生結婚しなくてもかまわないわけだし。嫌なら断ればいい。
    まだ何も正式には約束も発表もしていない話なのだし」
    「けれど アントワネット。あなたがこんなことを言い出すなんて 何かあるのね」
    さすがに母は鋭い。
    「はい。実はお慕いしている方がございます。」
    マリア・テレジアは娘を温かく抱擁した。

    フェルゼンの泊まっているホテルはすぐにジェローデル少佐が見つけ出した。
    オスカルがその部屋を尋ねた。
    「フェルゼン 至急王宮に参上してほしい。
    国王陛下があなたにお会いしたいと望んでおられる。」
    「国王陛下が!」
    「案ずるな 咎めたてられるわけではない」
    オスカルがニィ…と笑う。
    「姫様は勇気を持ってご自分の人生に向き合われた。後はあなた次第だ。」

    フェルゼンは身支度を整え オスカルに案内されて 王の居間に入った。
    そこには国王一家が勢ぞろいしていた。

    謁見の間ではなく プライベートな空間に呼ばれるなんて。

    フェルゼンはかえって緊張してしまった。

    「あなたが フェルゼン殿ですね。どうぞ お寛ぎになって」
    王妃マリア・テレジア自ら 椅子を勧める。
    フェルゼンが着席すると メイドが紅茶を注いで彼の前に差し出した。
    「まあ 飲みたまえ 甘いものは大丈夫かね。」
    国王フランツも手ずから菓子を勧める。
    「いただきます」
    国王の勧めを断るわけにもいかず 焼き菓子を口にしたが 味がわからない。
    皆の視線が自分に集中する中 口の中のものを 無理に紅茶で胃に押し込んだ。
    アントワネットは両親の横でその様子を不安げに見つめている。
    いったい何が起ころうというのか。
    「今日、君にきてもらったのは 他でもない。アントワネットのことなのだが。」

    やはり… フェルゼンは冷や汗が流れるのを感じた。

    「単刀直入に言わせてもらうよ。娘を アントワネットを愛してくれているのかね?」
    「恐れながら陛下。お慕いいたしております。」
    フェルゼンは迷うことなく 答えた。

    呼び出しを受けた時から覚悟はしていた。
    先日抱きあっていたのを 見とがめた者でもいたのだろうか。
    フェルゼンはもう逃げも隠れもするつもりはなかった。
    言い訳も 言い逃れも しない。
    そんなことに 意味などないからだ。

    その毅然とした態度は 国王を喜ばせた。

    「君の気持ちは わかった。
    実はアントワネットから 王族の身分を解いて
    一介の平民にしてほしいと申し出があったのだが」
    「アントワネットさまが!」
    この時初めて フェルゼンは狼狽えた顔をした。

    「ふむ…しかしながら 先日のテロの事件の例もあるように 
    今我が国には過激な輩が潜んでおる。
    いくら私がアントワネットはもう王家とかかわりの無い人間だと言ったとしても 
    通じる相手ではない。
    庶民になり 護衛も 屋敷の守りも無くなれば たちまち彼らの標的となろう。
    アントワネットを庶民に嫁がせるわけにはいかぬ。」
    フェルゼンの顔は曇った。分かっていたことだ。自分と姫では身分が違う。
    自分では彼女に十分な身の安全と暮らしを保証するだけの力がないのだ。

    だが、国王の次の言葉はフェルゼンの予測とは違うものであった。
    「そこでだ。フェルゼン。君に婿にきてはもらえないだろうか?」
    フェルゼンは驚いて顔をあげた。
    「まだ 君とアントワネットは2度ほどしか 会っていないと聞いているが…」

    「父上、わたくしからお話いたしてもよろしいでしょうか?」
    アントワネットが初めて言葉を発した。
    「フェルゼン。突然のことで驚かれたと思います。
    本当はわたくしは身分を捨てて ただのアントワネットとして 
    もう一度あなたにお会いして お付き合いをお願いしようと思っていました。
    そして お互いを知り合い 愛を確かめ合ってから 婚約していただきたいと考えたのです。
    しかし、父と母にわたくしの考えの甘さを諭されました。」
    アントワネットは顔を上げて フェルゼンを見つめる 
    フェルゼンはその目をしっかり受け止め 逸らさなかった。

    それに勇気付けられるように アントワネットは続けた。
    「わたくしが王族を辞することが出来ない以上 
    わたくしと結ばれる方は 王族に名を連ねていただかなくてはいけません。
    それはその方の人生を大きくゆがめてしまうことなのです。
    そのお覚悟がないならば 離れがたくなる前にお別れした方が良いと思うのです。」

    アントワネットは下唇を軽く噛み 息をつめた。
    「あなたは そのお覚悟がございますか?フェルゼン」
    泣きそうである。

    フェルゼンは そんなアントワネットに優しく微笑みかけた。
    「もう とっくに わたくしは恋に落ちてしまっています。
    あなたと離れている時間がどれほど苦しかったか。」
    「フェルゼン。いけません。答えは今すぐでなくていいのです。
    一度お帰りになってよくお考えになってください」
    そう言いながらも アントワネットの瞳からは涙がはらはら零れていた。

    「いいえ。もう答えは決まっております。あなた無しの人生などいらない」
    「フェルゼン分かっているのですか?あなたはこの国の王子となるのですよ。
    いままで築いてきた新聞記者としてのキャリアも 祖国も捨てなければならないのですよ」
    「何度 問われても答えは同じでございます。
    このフェルゼン、この命も心もすべて燃えつくすまで 
    アントワネット様におささげいたします。」
    なんの迷いもなく 言い切るフェルゼンの姿は 
    どの王家のプリンスよりも 気高く感じられた。

    もはや 誰もが二人を祝福する気持ちで一杯であった。
    シャンパンを用意させ 和やかな談笑が続いた。
    フェルゼンの控えめながら 的を得た発言は国王夫妻を喜ばせ 
    暖かみのあるユーモアは彼の人間性をうかがわせた。

    すっかり 一同を魅了したフェルゼンに 
    国王フランツはこっそり こんな耳打ちをしたくらいである。

    「実は わたしも 婿養子の逆玉なのだよ」

    王女の結婚式は来年、国花である紅薔薇が咲く頃に決まった。

    (つづく)
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    Re: No title

    そうでしたか MC9巻に載っていたのですね。
    教えていただきありがとうございます。
    機会があったら 読んでみようと思います(^∇^)

    カラーページは芸術作品、私の方こそ、なるほどと思いました(ノ´▽`*)b☆
    まさにそうですね。

    ジェロ様の髪は扉絵では色が違いますが、本文の部分ではエピソード2と5では ほぼ同じ色で塗られているので 扉絵は別でと言う意味でしたら、ジェロさまの髪の色は2つのエピソードとも同じだと言えます。ですから、扉絵だからと思われていて意識されなかったのでお気がつかれなかったのかも。決して、失態なんかではありませんよ。わたしはカラーページは 扉絵なども含めてだと思いましたのでああいうお返事をしました。

    ジェローデル推しだったのですね。それならば、あのエピソードはショックでしたね。ジェロさま だいぶ変わられていましたから。私の中でも本編のジェロさまとエピソードのジェロさまは何となく別物になっています。

    わたしの住んでいる地方も昨日は雪がちらつきました。
    そちらも寒いのですね。どうかお体に気をつけてお過ごしください。
    お返事ありがとうございました。
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