約束していた言葉 <32>

    すぐに行動は開始された。
    ラ・ファイエット候は直ちにリオネルとともに ジェローデル大佐に会いに向かった。

    ベルナールとカミーユは 友人達を訪ねると言って別れた。
    さっそく自分達の出版物を発行するための出版所作りに
    協力してくれる人材探しにかかったのだ。

    ロベスピエールはこのまま ベルサイユの国民議会に帰っていき 
    サン・ジュストも彼に付いて行った。別れ際ロベスピエールは
    「これから 議会で我々の案が通るよう 仲間を募るとしよう。
    正直社交は苦手なんだけどね。」
    そう言ってくれた。オスカルにとってこれ以上ない申し出である。
    今は何と言っても国民議会に認めてもらわなければ 筋が通らない情勢になっているのだ。
    強引に押し切ることも不可能ではないが 王はそれをなさらないだろう。
    「よろしく頼む。」
    オスカルの言葉にロベスピエールは力強く頷いた。

    残ったオスカルとアンドレ、そしてアランはとりあえず パリに戻ることにした。
    リオネルの手配してくれた馬車の中で オスカルはアンドレの肩にもたれた。
    実は限界だったのだ。 まだ銃創が完全には癒えてはいない。
    それに今日は精神的にも緊張と苦痛を伴うことがあまりにも多かった。

    それほど ベルサイユ宮殿は荒れ果て 
    今さらながら自分のした事の代償をまざまざと感じたのだ。

    アントワネットさまは どれだけ お辛いのだろう。
    それを考えずにはいられなかった。

    「異常ないか。」

    突然聞こえた声に、オスカルの体がびくんとする。

    「異常有りません フェルゼン大佐」

    そっとカーテンの隙間から外を覗くと 紛れもなくフェルゼンであった。

    "帰って来てくれていたのか"

    オスカルの胸に熱いものが込み上げる。知らず涙が溢れる。
    だが 無情にも馬車は止まることなく遠ざかっていく。

    オスカルには馬車を止めることはできなかった。声を上げることすらも。

    涼やかに 凛々しく 軍を指揮する フェルゼンは 
    この色あせた宮殿の中でさえも いささかも輝きを失ってはいなかった。
    否、増々光り輝いていたのだ。

    "ああ、フェルゼン"

    遠ざかる友の後ろ姿をオスカルの瞳は追いかけてしまう。

    だが、これがいけなかった。

    自分に注がれる視線に 実戦経験のあるフェルゼンは気づいてしまった。
    慌ててカーテンを閉めたが遅かった。
    フェルゼンは馬首をこちらに向け走り寄ってきた。

    「失礼!」
    フェルゼンは馬車を無理に止めた。
    「何をなさいます!主人はただいま おやすみになっているのですよ。」
    御者はあわてて 抗議したが フェルゼンは強引に馬車のドアを開けた。

    「オスカル やはり 君だったのか…」
    馬車の中には 覚悟を決めたオスカルがいた。
    「フェルゼン 乗ってくれ。わたしはまだ自分の存在を公にしたくはないのだ。」
    フェルゼンが乗り込むのと入れ違いにアランがフェルゼンの馬を預かる。
    アンドレが御者台に移動し、宮殿内の目だたぬ場所まで 馬車を誘導した。

    車内に二人きりになると フェルゼンはすぐに 問い詰めた。
    「何故だ?何故 アントワネットさまを裏切ったのだ?」
    その問いにオスカルは答えることが出来ない。
    しばらく待っても返事が無いので フェルゼンは言葉を続けた。
    「君がフランスにいると思えばこそ 
    わたしはアントワネットさまのお傍を離れることができたのだ。」
    なおも オスカルは黙っている。

    いったい何が言えるというのだろうか?
    自分のしたことで 一時は国王のみならず アントワネットさまにも命の危険が及んだのだ。
    そのことを考えればどんな理由があろうとも 許されるとは思えない。

    「オスカル、何か理由があるのだろう?言ってくれないか。」
    「フェルゼン」
    オスカルは重い口を開いた。
    「わたしはたとえ 親友の頼みであっても 理不尽に人殺しはできない。それだけだ。」
    「理不尽だと?王に逆らう輩から 王家を守る戦いがか?」
    「そうだ。ただし、民衆が王に逆らったのは 生きるためだ。
    餓死者まで出ている状況で貴族たちはなおも搾取しようとしたのだから。
    生きるためには戦わねばならないところまで追い込んだのは我々貴族の側だ。」
    「それはアントワネットさまのせいだけではないだろう。
    このところ不作が続いたせいもあるはずだ。」
    「そうだな。」

    「オスカル。民衆に同情する気持ちは分からなくもないが 
    だからと言って君までが彼らと共に戦う義理はないはずだ。
    むしろ君にはキバをむいて襲い掛かってくる民衆から
    アントワネットさまを守る義務こそあったはずだ。」
    「…」
    「アントワネットさまの友情を忘れたわけではないだろう。
    いや、それを恩着せがましくいうつもりはないのだが。」
    「フェルゼン わたしは民衆に同情したわけではない。」
    「では 何だというのだ。」
    「自分の信ずるものに対して 卑怯者でありたくなかったのだ。」
    「信ずるもの?」
    「わたしは武力で 理不尽を通すことを正しいことだとは思えない。」

    「はっはっはっ…」
    フェルゼンは笑い出した。
    「武力で パリを制圧し、国王からほとんどの権力を奪うきっかけをつくったのは 
    まさに君自身ではないのか?オスカル。」
    「否定はしない。結果そうなっているのだから。」

    フェルゼンの瞳に冷たい怒りの焔が見える。
    「オスカル 君はこれからどうするつもりだ?
    今日は何をしにこの宮殿にやってきた?」
    「今は言えない。」
    「わたしにもか?」
    「そうだ。」

    確かにフェルゼンは優秀だし信頼にたる男だ。
    けれど アントワネットさまのことになると冷静さを失うことがある。
    また、今回の作戦では民衆側の人間とも多く付き合わねばならない。
    民衆に不人気のフェルゼンには向かない仕事なのだ。

    オスカルの固い表情にフェルゼンは何を言っても無駄だと理解した。
    「わかった。どうやら わたし達の生き方は根本的に違ってしまったようだ。」
    フェルゼンは冷たい目をしていた。
    「君がどうしようと わたしは最後までアントワネットさまをお守りする。
    彼女の障害に君がなるというのであれば わたしは容赦なく 君を殺すだろう。」
    「それで かまわない。」
    「いい度胸だ。相変わらず 誰よりも凛々しい男だな。君は。」
    フェルゼンは馬車から下りるとアランから馬を受け取った。
    オスカルは馬車の中から馬上のフェルゼンを見上げた。

    切なさでいっぱいだ。だが、ここで涙をみせるのは卑怯だ。

    オスカルは懸命に堪えた。
    その顔をフェルゼンはふてぶてしい顔だと感じてしまった。
    冷笑を浮かべて 一瞥すると 馬に一鞭当てて走り去った。

    フェルゼンが去ってしまうと オスカルは崩れるように倒れた。
    かなり無理をしていた。姿勢を保っているだけでも大変な痛みだったのだ。

    アンドレがすぐに車内に入り オスカルを抱き上げる。
    その様子を見ていたアランは中に入らず 
    そっとドアを閉め 自分は御者と御者台に乗った。
    「なるべく 揺らさないように頼む」
    そう御者に伝え 馬車を発進させた。

    "おれでは ダメなんだ。"

    アランには分かっていた。自分ではアンドレの代わりにはなれはしないのだと。
    あの人が 自分の弱さも 甘えも 見せることができるのは アンドレにだけなのだから。

    アンドレが 静かにオスカルを抱き寄せると、その胸にオスカルは縋って泣いた。
    堪えていた涙を存分に流した。

    アンドレはどんな話をオスカルがフェルゼンとしたかは分からない。
    だが 今はそれを聞く時ではないと分かっている。
    自分に出来るのは 安心してオスカルが泣けるようにしてやる事。
    それしかないのだ。

    温かい胸の鼓動はオスカルを落ち着かせる。
    泣きながらいつしかオスカルは寝てしまった。

    "どれほど辛いことがあろうとも フェルゼンに何を言われようとも 
    おまえはここにいればいい。もうおれ達は夫婦なのだ。
    おまえのいるべき場所はおれの胸の中だけだ。"

    アンドレは そっと口づけをした。
    それは出撃の朝 交わして以来の口づけであったが オスカルは眠り続けていた。

    「やれやれ…」
    アンドレは手を伸ばして 毛布を取るとオスカルの体を包み抱き直した。

    "せっかく 二人きりになれたのにな。"

    思えば 愛を告白された時も 余韻に浸る間もなく ベルナールの家に出かけたものだった。

    "仕方ない。おれはそんなおまえを愛してしまったのだから"

    黄金の髪を指で梳くように撫でる。
    オスカルが身じろぐので 顔を覗くと
    彼女は彼の胸に頬をよせて わずかに微笑んでいた。

    (つづく)

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