サベルヌに想いを馳せて…5

    その夜、ジェローデルは馬車を帰すと 司令官室の中で書類の作成を始めた。
    サベルヌ事件の報告書のたたき台である。

    一人きりの真夜中の室内。それでも昼間感じた寒さはなかった。
    部屋の主は無事にここへ帰って来てくれた。それだけで心が安心感でほっと温かい。

    サベルヌは遠い。雪が彼女に追いつかなければいいがと、毎日空を見上げ気をもんでいた。
    一緒に行けない自分の立場が恨めしく、
    何時いかなる時も供をする当然の職にある男が憎らしいとさえ感じた。

    "困ったことが起きてはいないだろうか?"

    手の届かないところにいるというのは何とももどかしいものだ。

    "まっ、結局 帰っていらしても やっぱり手が届かないのですが"

    そばにいて、こうして彼女をサポートできるのは 
    姿が見え様子がわかる分ずいぶんマシではあるのだが、
    それでも目の前でアンドレがあれこれ彼女に触れるのはやはり気持ちの良いものではない。

    物理的、直接的なサポートはアンドレの職務である。
    そして、その職域を超えて 彼女と接しているのは幼馴染ということと、
    彼女の特殊な立ち位置を考慮すれば非難はできない。

    "どうして、わたしではいけないのですか?"

    そんな疑問をジェローデルは長い事抱いていた。
    彼女の女性的な部分を支えるのが何故自分ではいけないのかと。

    近衛の仕事を通じて しっかり信頼関係が築けたと思う。
    共に出会った時は少女と少年であったとしても 自然と成長し 性を意識し始める年頃となれば 
    自分に目が向けられてしかるべきではないか、そんな驕りさえあった。

    家柄、年齢 軍人としての器量 さらに容姿に至るまで 
    自分ほど彼女に似合うものがいるだろうか?

    "ふふ… あなたはわたしなど眼中にないのですね"

    ジェローデルの口元が自嘲気味に歪む。

    始めから 彼女のことを女性として愛し始めていた自分と違い、
    彼女の方は何時までも同僚としてしか自分を見てはくれない。

    "いっそ、求婚してしまいましょうか、そうすれば 男として意識してもらえるのですか?"

    だが、それはあまりにも愚策というものだろう。

    求婚すれば、アンドレは何をするかわからないからだ。

    そして、あの男になにかあれば 彼女もまたどうなるかわからない。
    彼女のアンドレへの依存度は大変なものなのだから。

    アンドレなどただの従僕に過ぎない。始めの頃はそう思っていた。
    自分が傍にいれば 彼など必要ないとも考えていた。

    徐々に自分の存在感を大きくしていけば、
    いつか自然と 彼女を支えるのは公私ともに自分になるはずだと。

    そう、確かに自分の存在は公的にはかなり彼女にとって大きなものになったと思う。
    だが、私的な部分は相変わらず アンドレ アンドレ と彼にべったりだ。

    何故だ?どうして?

    容姿、教養、包容力、知力、体力、武力、何ひとつ劣っているとは思えない。

    "何故?あなたはアンドレにそんなに甘えるのですか?"

    問いかけたい気持ちを抑えて 毎日、毎日、二人を見つめていた。

    そして、気づいてしまった。

    彼が彼女の分身なのだと…

    長い長い時をかけて、そうとは気づかず 二人はシンクロするように成長した。

    まだ、柔軟な子供の頃に出会い、オスカルは彼を鏡として自分を映しだしてしまったのだ。

    人は皆、無意識のうちに 他者の反応で自分を測る。

    周りの人間が、自分をあがめれば自分は特別なのだと認識し、
    逆に蔑まれれば 自分はダメな人間なのではと感じてしまう。

    そして、自分がこうありたいと願う自分像を認識させてくれる者を求めるものだ。

    例えば、可愛いねと褒めてくれる者と無細工だなとせせら笑う者がいれば 
    当然、前者といる方がいいと思うものだろう。

    女でありながら 男であろうとしたオスカルは、
    身近なアンドレの反応で自分を確立していったのではないだろうか。

    ジャルジェ将軍は彼女に凛々しい軍人像を期待した。
    それは、オスカル自身も望むところであった。

    ジャルジェ夫人や彼女の乳母は 女になっても構わないとドレスを送り続けた。
    それも、彼女にとって心地良いものではあったが、
    父の理想と両立させるのは 当然無理があった。

    周りの希望、期待 それに自分自身の望み。
    成長するにつれて 表面化する 身体的な要因。
    それらは複雑に絡まり 上手く共存させるのは
    幼い彼女にとってあまりにも難しいことであった。

    その抱えきれない矛盾を共に抱えてくれたのがアンドレなのだ。
    彼女は彼に一つ一つ 矛盾を投げかけ 彼と共にそれを自分の中で咀嚼していったのだろう。
    幼いアンドレは彼の特異な性質である、『すべてを受け入れる優しさ』でそれに答えた。

    彼もまた、彼女からの期待に無意識に応えたい、彼女に愛されたいと願い、
    いつのまにか『彼女が求めている者』になろうとしていたのかもしれない。

    互いを見つめ、求めあい、互いに映る自分こそが本来の自分だと感じながら 
    それになるように成長し、いつしか二人は別々の体を持ちながら 
    互いを共有する稀有な存在になってしまったのだ。

    もはや お互いなくして 自分の存在を認識することなどできはしないくらいに。

    そしてそれに彼ら自身は気づいていない。
    気づく必要などないし、互いが離れて過ごすことなどないのだから。

    そんな 二人の間にどうやって入れるというのだろう…

    ジェローデルは頭を抱えるしかない。

    (つづく)

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