サベルヌに想いを馳せて…7

    オスカルは予想通り 通常の時間に出勤してきた。
    ジェローデルの頑張りのかいもあり、その日の勤務は早めに終えられそうだった。

    ただ、オスカル自身は元気がなかった。
    出来あがった報告書を携えて本部にサベルヌの一件を報告した帰りの廊下、
    ジェローデルは前を歩くオスカルの背をもどかしい思いで見つめた。 

    ちらりと これもまた、供をしているアンドレを見やれば、彼もまた苦しげな表情であった。
    事情はもうジェローデルには分かっていた。
    ジャルジェ家に引き取られて オスカルさまが可愛がっていらした娘は
    ジャンヌの腹違いの妹だったらしい。
    そういう事情であればオスカルがジャンヌ討伐を願い出た理由も頷ける。
    ニコラスが元近衛であったということだけ理由ではなかったのだ。

    暗い廊下を抜け、外に出ると 真っ赤に燃えながら夕日が沈み始めていた。
    オスカルは足を止めて、眩しそうに手を額に当て庇を作る。

    「もう 日が沈むのか」
    オスカルは呟くと後ろを付いてくる男達を振り返って うん?と首を傾げてから、
    柔らかく微笑んで尋ねた。
    「どうした。二人とも暗い顔をして」
    一瞬はっとした二人だが、ジェローデルはすぐさまいつもの穏やかな笑顔を浮かべ答えた。
    「何でもありません。けれど隊長に何かあれば遠慮なくおしゃってください」
    「ありがとう」
    オスカルは微笑み返して 近づいてくる。
    ジェローデルの胸の奥がトクン…と揺れる。

    オスカルの腕が少し上がり、金糸の刺繍の入った緋色の軍服の袖口から 
    隠れていた細く白い手首が見えた。
    それは太陽が低い位置にあるせいだろうか いつもよりもいっそうか細げであった。
    その手首に続く白い手は男の、自分ではない男の袖を掴んですぐに離した。

    「行くぞ アンドレ」

    それについ目を奪われていたジェローデルはオスカルの短い言葉にはっとする。
    気がつけば 彼女はもうスタスタ前を歩きだしていた。

    それをやや、速足で追いかける。
    胸がドキドキしている。女性はしばしば手や指先だけで男を惑わすものだが、
    彼女も例外ではないということか。

    "困りますね。これを無意識に なさるのですから"

    今、一緒に歩いている二人は こんなふうにいつもジェローデルの心をかき乱す。

    まったくの無自覚で。

    この無自覚というのが やっかいなのだ。

    意識的な動作というのはどこかわざとらしいものだ。
    わざと優しさをアピールするかのように 動物を可愛がる女性。
    正義感ぶって 取るに足らない悪事を声高に糾弾する紳士もどき。

    それらを ジェローデルは特に何とも思わず眺めている。 蔑むつもりもない。
    また、自分にもそれがまったくないわけでもないのだ。

    人間とはそういうものだし、それで困ることが無ければ
    彼らの小さな自尊心をわざわざあげつらい 
    不愉快な思いをさせる方がよほど程度の低い事だろう。

    そうした人間と違い、この世の中には本当に優しい人間というのがいる。
    彼らはそれを自覚していないし、する必要も感じていない。

    武術で型をとことん体に覚え込ませれば 考えずとも自然と体が動くように、
    そうした人間というものはごく自然に無意識に優しい行動をする。

    あまりに自然で当たり前なので 周りはそれと気づかぬことも多いし、
    本人も自覚していないのでそのまま過ぎてしまう。

    それでもその優しさは確かに存在し 温かくその人間のゆく先々で空気を変える。

    それは実に何気ない事なのだ。

    例えば、落ちているハンカチが 誰かに踏まれないように 
    なおかつ人目に付きやすいように拾って移動させたり、
    目が合うとそっとまずは微笑んで受け止めてくれるというようなたわいもない事。

    何もこうしたことは優しさに限らない。人間の本質というものはこうした無自覚の中に現れる。
    冷酷な人間はいかに恩情のある風を装っても何となく冷たい感じを与えてしまうものだし、
    劣等感の強い人間は自分を大きく見せようとすればするほど 小粒になってしまうものだ。

    かつて、自分も それをしてしまった。

    若かった自分はあの方に愛されたいがために 優しい人間を装って彼女に近づいた。

    けれど、そんなもの 本物に叶うはずはない。
    アンドレの優しさに叶うはずはない。

    アンドレは 見返りなど求めていない。ただ、優しいのだ。
    初めて 自分と会った時「ミントのブーケ」をくれた。
    わざわざ温室まで走ってくれたというのに 礼も求めずニコニコしていた。
    しばらくすると自分のお茶だけ他の人のお茶よりぬるいことに気がついた。
    猫舌のわたしの為に特別に入れてくれたのだと思ったが、
    よく見れば 彼は皆に差し出すお茶に砂糖もミルクも添えていないのだ。
    それぞれの好みを憶えていて あらかじめそれを混ぜて、飲むだけの状態で配っていたのだ。
    一生懸命憶えようとして 憶えたわけではない。自然と憶えてしまったのだろう。

    そんな彼にあの方が甘えるのは当然だ。
    それを上回ることなど不可能だ。
    何故ならわたしには彼女の愛を得たいという見返りを求めて
    わざと作り出した優しさしか持てないからだ。彼とわたしは違う人間なのだ。

    ならば、わたしは彼が出来ないことで彼女を得るしかない。
    平民の彼は彼女と同じ将校になれはしないのだから 
    わたしは軍内に置いて彼女を補佐することで信用を得ればいいのだ。

    (つづく)

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