シュテファン・ツワイクの「マリー・アントワネット」を読んで

    ベルばらファンなら読んだ方が多いと思われる
    シュテファン・ツワイクの「マリー・アントワネット」やっと私も読破しました。

    ツワイクの「ジョゼフ・フーシェ」も面白かったです


    もうずいぶん長いこと私の書棚にあり、何度となくチャレンジしては
    読み進めることが出来ずにいたのですが、今年はなぜか読み終えることが出来ました。
    メモリアルイヤーパワーでしょうか(笑)

    この本が素晴らしいのは 言うまでもありませんので 
    ここでは この本を読むことで改めて感じたベルばらのお話をしたいと思います。

    まず感じたことは ”なんだ パクリでもなんでもないじゃん” ということでした。
    ときおり「ベルサイユのばら」はこの本をまねているに過ぎないとか
    この本の二次創作だとかの感想を目にしていたので
    どれほど酷似していることかと思ったのですが そうでもなかったです。

    確かに着想のベースになっているというようなことを
    池田理代子先生もおっしゃられていますし、似通っているところはあります。
    けれど、やはりそれぞれ違う魅力を持った作品なのだと感じました。

    伝記文学と漫画という表現方法の違いの他に 私が決定的に違うと感じたのは 
    ツワイクがあくまで「マリー・アントワネット」という女性に焦点を当てて書かれたのに対して
    池田理代子先生は「フランス革命とマリー・アントワネット」という視点に立って
    描かれているということです。

    ツワイクの「マリー・アントワネット」では
    アントワネットさまを描くための説明でしかなかった平民の側からの視点も
    「ベルサイユのばら」ではしっかり描かれています。
    それも「マーガレット」という場に連載するために 
    少女の興味を引き なおかつ分かりやすくです。

    その中心となっているのが、オスカルさま。
    始めはデュ・バリー夫人との確執やポリニャック夫人、首飾り事件などを
    ごく自然な形で身近に目撃する近衛という立場。
    その後、フランス衛兵隊という民衆側に移行します。

    なるほどこれならば無理なく一貫して「フランス革命とマリー・アントワネット」を
    少女たちに一連のながれとして読ませることができます。

    そしてなにより 恋愛という少女のもっとも大きな関心事(笑)を絡めて
    描くことが自然にできます。
    オスカルさまは始めは貴公子の代表格といえるフェルゼンと
    貴族の社会の象徴ともいえる 舞踏会で踊ることにときめいていながら
    それを諦めたところから 民衆側へと傾倒していく姿が徐々に鮮明になり始め
    最後は平民のアンドレを伴侶に選び、決定的に民衆側の立場をとっていくことになります。

    そう考えますと あのジェローデルの求婚も
    貴族社会と革命的な生き方の狭間で迷う
    オスカルさまの葛藤と成長の象徴のような気がしてまいりました。
    フェルゼンの時は諦めたわけですが
    ジェローデルの時は色々悩んで 自分の人生は貴族の貴公子である彼と
    貴婦人として歩むことではないと自らきめたのですから。

    またオスカルさまが歴史上の人物、ジャンヌ・バロア ロザリー ポリニャク夫人を
    見事につなげた設定をかたわらで目撃する役目を担うことで
    ドラマチックで大胆な物語の流れを読者に分かりやすくしてくれています。

    黒い騎士やロベスピエールやサン・ジュストなどの革命側の人物も
    オスカルさまがいることで係わりが生まれ 魅力たっぷりに物語に登場することが出来ます。

    シュテファン・ツワイクの「マリー・アントワネット」のおかげで
    改めて別な視点で「ベルサイユのばら」の魅力を再発見できました。

    惜しむらくは オスカルさまの死後の連載期間が短かったこと。
    ツワイクの「マリー・アントワネット」を読んで アントワネットさまの本当の魅力、
    フェルゼンの真価はその時期にこそあったと感じました。

    アンドレに比べていまいち人気がないと言われがちなフェルゼンですが
    十分な連載期間があの当時あったら
    きっと凄い人気がでたのではと思わずにはいられません。

    それでも最後の時まで決められたページの中で みごと描き切った池田理代子先生。
    あの頃の作画が一番凄みがあり
    壮絶な美しさであったと感じているのは私だけではないと思います。

    シュテファン・ツワイクが「マリー・アントワネット」を著し
    池田理代子先生が感動されて「ベルサイユのばら」が生まれ
    それを読んだ読者が今度はシュテファン・ツワイクの「マリー・アントワネット」を読む。
    そして、新たな色々な感想がまた生まれていくのですね。素敵なことだと私は思います。


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    べるばらの分析に感銘を受けました!

    はじめまして(^^♪ いつもブログ楽しく読ませていただいます。

    ツヴァイクの「マリー・アントワネット」懐かしいです。子どもの頃ベルばらにはまり、まだ10代半ばの頃読んだ記憶があります。そうですね、ベルサイユのばらはマリー・アントワネットの物語だけでなく、フランス革命の物語だけでもなく、マリー・アントワネットとフランス革命の物語ですね。

    とくに、この2つのテーマを絡める一つの要がオスカルだった、という分析すごく納得しました! ほんと、オスカルは実在の人物ではないので、多くの歴史上の人物たちと自由に物語の中で絡んでいますね。私も日々ベルばらを分析してはブログを書いているのですが、オスカルのこの重要な物語の中の立ち位置には気づきませんでした。そしてオスカルの貴族社会から平民側への立ち位置の移行について。わたしもこの話題についてよくブログに書いているのですが、オスカルがフェルゼンと舞踏会で踊ることに憧れ、それを達成することで彼に対する恋にピリオドを打とうとした、そして貴公子フェルゼンや舞踏会という設定が貴族社会の象徴だったという分析には感動しました! ジェローデルが求婚してきた時も、オスカルは催眠術にでもかかったかのように(笑)ジェローデルに心をもっていかれそうになりましたが、それも彼に惚れそうになったというよりも、オスカルの中にまだ貴婦人としての生き方に少し未練というか、そんな人生も幸せかもしれないという思いのためだったともとれますね。このブログを読んですごく勉強になりました(^^)/ これからのベルばらの分析の参考にさせていただきます。

    私も細々とブログ書いていますので、是非遊びに来てください。タイトルは「ベルばら日記」です(タイトルテキトーです(笑)) これからも読ましていただきますね♪ 二次創作の方も大好きです♪ Cecil
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    青林

    Author:青林
    ”ベルサイユのばら”の二次創作サイトを作っています。ぜひ遊びに来て下さいね。

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    ただいま、コメントへのお返事は基本的にはしておりませんが、頂いたコメントは大切に読ませていただいています。ありがとうございます。

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